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横浜地方裁判所 昭和45年(ワ)1568号 判決

原告(反訴被告)

有限会社県南設計工業

右代表者

牧口美勝

右訴訟代理人

須藤善雄

被告(反訴原告)

牧野三男

右訴訟代理人

矢島惣平

〈外三名〉

主文

原告の本訴請求を棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し、金四八万五、六四〇円およびこれに対する昭和四六年一二月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。この判決は、反訴原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、本訴

1  原告

「被告は原告に対し、金四九万五、五六〇円およびこれに対する昭和四五年一一月二三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決。

仮執行宣言。

2  被告

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決。

二、反訴

1  反訴原告

「反訴被告は反訴原告に対し、金一三七万二、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年一二月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は反訴被告の負担とする。」旨の判決。

仮執行宣言。

2  反訴被告

「反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は反訴原告の負担とする。」旨の判決。

第二  当事者の主張

一、本訴

1  請求原因

(一) 原告は建築請負を業として営む会社であるが、昭和四四年七月四日、被告の注文により被告の住所横浜市旭区二俣川二丁目一四番一一号に、契約書添付の設計図および仕様書のとおり木造瓦葺二階建居宅一棟を新築する工事を請負い、代金を金四一八万五、四六〇円、工事の完成引渡は着工(契約日から二五日以内)から一二〇日以内と約定した。

(二) 次いで、原告は、着工後完成までの間に、次の(1)ないし(11)の追加工事を請負い、内石垣、門柱、門扉工事費概算約金三〇万円程度を含め、全体として金四二万七、五〇〇円相当を、同年一二月中旬までに完成する旨契約した。

(1)電話配管一一メートル、(2)インターホン一式、(3)雨戸二本、(4)外壁張替え三坪、(5)台所出入口上戸棚一ケ、(6)ポスト一ケ、(7)鏡二枚、(8)LPG配管一式、(9)石垣、門柱、門扉工事一式、(10)大谷石一七本、(11)窓てすり二ケ。

(三) 原告は、昭和四四年一一月二八日、本工事と追加工事を完成し、昭和四四年一二月一五日、被告に引渡した。

(四) 追加工事を含めた総工事代金は金四六一万二、九六〇円となるわけであるが、このうち、原告の見積違い分金一五万三、四〇〇円と工事中の変更取止め工事分金一万四、〇〇〇円について双方協議して、これを減額した結果、本件総工事代金は金四四四万五、五六〇円となつた。

(五) 被告は原告に対し、本工事請負契約締結日から同年一二月一二日に至るまでの間六回にわたり、内金合計金三九五万円を支払つたのみで残額金四九万五、五六〇円を支払わない。

(六) よつて、原告は被告に対し、右残代金と、これに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月二三日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  答弁〈省略〉

二、反訴

1  請求原因

(一) 反訴被告は、本件本工事および追加工事請負契約の履行につき、本訴答弁において反訴原告主張のとおりの不完全履行により、反訴原告に対し、次のとおりの損害を蒙らせた。

(1) 原告による契約書設計図どおりに建築するための本件建物工事見積額は金四四四万五、五六〇円とされているが、この見積額は過大・不当で、本件建物が契約書設計図どおりに正常に建築された場合の適正見積評価額は金三八一万一、〇〇〇円である。

(2) 現実の不完全、粗雑、未完成な本件建物を契約どおり正常な建物になるように補修工事をするために必要な経費は金三八万七、〇〇〇円である。

(3) 粗雑かつ不完全工事を前記のとおり補修しても尚生ずる評価減少額は金三八万一、〇〇〇円が相当である。

(4) 本件建物の昭和四四年一二月一五日現在における現状からみた適正評価額は、前記(1)の「契約書設計図どおりに完成したと仮定した場合の適正価額」金三八一万一、〇〇〇円から前記(2)の「契約書設計図どおり回復するための補修工事の必要経費」金三八万七、〇〇〇円および前記(3)の「評価減少額」金三八万一、〇〇〇円を差し引いた価額金三〇四万三、〇〇〇円である。

(5) 従つて、被告は、前記支払済金三九五万円と右評価額金三〇四万三、〇〇〇円の差額金九〇万七、〇〇〇円の損害を蒙つている。

(二) 反訴原告は、反訴被告の本件不完全履行に因り前記(一)の損害を受けた他、別に右不完全履行及びこれに続く著るしく不当な提訴に因り次の損害をも蒙つた。

(1) 鑑定料 金九万二、〇〇〇円

被告は原告の不当提訴に対しこれに応訴せざるを得ず、右事件の性質上これを正当かつ合理的に防禦するため、やむなく建築専門家一級建築士高橋弘明に対し、本件建築の問題点、適正見積額、不同沈下その他基礎工事等につき調査、鑑定を依頼し、右鑑定料として金九万二、〇〇〇円を負担した。

(2) 慰藉料金 二〇万円

被告は、生活事情のため止むなく不完全工事のままの本件建物の引渡しを受けて入居し、かねてから妻(横浜市衛生局勤務の地方公務員)と共に働いて得た尊い金員をもつて本件建築代金を支払つたのであるが、原告は、被告の入居後、不完全工事の完全施工をせず、不誠実極まる態度をとり、残代金請求の本訴を提起した。

原告は、工事中、隣地内に石積工事を施工したため、隣家と紛争を生じ、しかも誠実にその解決をせず、そのため被告およびその妻は入居後心身を労し病気になつた。

原告の本件不完全工事のため、快適であるべき新築家屋がかえつて被告とその家族に毎日多大の不快感を与えている。しかるに、原告は、自らの無責任な工事には目をつむり、残代金を支払わねば「告訴」する等と不穏当な内容証明を送付しておどかす等の行為をした。

かくて原告の本件不完全工事及び不当提訴に因り、被告は大きな精神的苦痛を受け、この精神的苦痛を慰藉するに足る慰藉料は少なくとも金二〇万円を下らない。

(3) 弁護士費用 金一七万三、〇〇〇円

被告は、原告から提起された本訴に応訴するためにやむなく依頼した弁護士の報酬として金一七万三、〇〇〇円を負担した。

手数料 金七万三、〇〇〇円

謝金 金一〇万円

(三) 以上の次第であるから、被告は原告に対し、合計金一三七万二、〇〇〇円およびこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四六年一二月一四日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  答弁〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が建築請負業を営む会社で、昭和四四年七月四日、被告を注文主として、被告肩書住所に木造瓦葺二階建居宅一棟の新築工事を、代金四一八万五、四六〇円と定めて請負い、着工後、原告主張の追加工事を請負い、被告が総工事代金の内金合計金三九五万円を、昭和四四年一二月一二日までの間に支払つて、同年同月一五日入居し、原告から新築建物の引渡しを受けたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、本件請負工事代金は、前記約定本工事代金に追加工事代金合計金四二万三、〇〇〇円を加えた金四六〇万八、四六〇円から、原、被告協定して、取りやめ工事や見積違い分を減額して、金四四五万五、〇六〇円となつたこと、従つて本件請負工事代金残額金五〇万五、〇六〇円が未払いであることが認められる。

二そこで、本件工事が不完全履行であるかどうかにつき判断する。

1  先ず、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(一)  二階西側居室の化粧板張りの床は、西南隅に向けて肉眼でも判明する程に傾斜し、室の中央から西南隅の方向に歩くと、傾斜が感じられ、平安な安定した居室の感じがない。

室内の南側アルミサッシュガラス戸は手と足を同時に用いて特別な力を加え無理して施錠をした状態でも僅かにすき間があり、錠をはずすと、左側は上端で一〇ミリメートル、右側は下端で一一ミリメートルの楔形すき間が生じる。

(二)  建物中心部に在る階段廻りの軸組み部分は、柱、横架材が斜めの階段に結合する部分、および階段が周囲の壁と接着する部分に、見た眼にも著るしい楔形のすき間が生じ、建物構造全体の継続的安定に不安感を与えている。

(三)  二階東側居室は、鴨居、敷居と柱とが傾斜によつていびつに平行四辺形状の枠形を示し、また、同室南側テラスに面したアルミサッシュガラス戸は、その上部の小壁と接する右側上部並びに左側下部において、それぞれ楔形のすき間を生じており、同室東側出窓のアルミサッシュガラス戸も右側下部および左側上部に楔形の狂いを生じており、同室内に作りつけ洋服入の新建材張扉の上部にもすき間があり、居室全体が著るしく不体裁となり且つ居住上の安定感を著るしく害せられている。

なお、右室内の北側押入の襖は、正常の状態でしめた場合はぴつたり合うよう調整されているが、この襖を双方反対方向にしめると、中央下端で一八ミリメートルの楔形のすき間が生じる。同室の入口襖は、柱に対し、上端で一二ミリメートルの楔形のすき間を生じている。

(四)  二階東側居室内の押入の奥は、厚さ三ミリメートルのベニヤ板が張つてあるだけで、それを外すと、直接建物外壁の鉄板が張られているだけで、断熱材等を入れておらず、冬は寒く、夏暑く、雨が鉄板に当る音が直接部屋に伝わつて安眠を妨げ、住居として快適な生活を営むことはできない。また、天袋の奥は、ベニヤ板の上部、桁との間から外壁の鉄板が見え、その鉄板には釘穴のような穴が多数横に並んであいている。

(五)  一階西側応接間の天井は、平面がやや不揃いに波打ちしかも、化粧板を釘で打ち止めてあることと相俟つて、応接間たるの感覚的効用を著るしく失わせている。

(六)  洗面所の水道蛇口の下方の壁面を水に弱い繊維壁としたままであるため、水がしみこみ、不規則にはがれている。

(七)  表公道に面した玉石積擁壁は、使用した玉石の数が少なく、玉石相互間のすき間が大きく、その間をコンクリートで塗り込め、半分に欠け割れた玉石さえ混入使用されて、それが露呈しており、玉石積擁壁として著るしく粗雑不完全である。

2 原告は、およそ建物建築工事にはある程度の不完全さは避けられず、本件建物新築工事における瑕疵、欠陥は、社会通念上注文主において忍受すべき範囲内にあると主張するけれども、1に認定の事実は、社会通念上、新築住宅としての性状及び価値において忍受の限界を超えたものと認められ、その工事は不完全履行というべきである。

請負契約における仕事の完成とは、請負工事が予定された最終の工程まで一応終了し、かつ、請負工事の重要な部分が社会通念上、約旨に適つて施工されていることが必要であると解すべきであり、重要な部分であるかどうかは建築工事の場合、建築物の構造上の面からとその用途の面から判断すべきで、原告の本件工事は予定された最終の工程まで一応終了し、ただ新築住宅としての重要な部分が完全には施工されず、不完全で、約旨に適わないものというべきであり、不完全履行というべきである。

三原告の責任

1 一般に、債務不履行においては、債務者において無過失の主張、立証(不可抗力の抗弁)をしない限り、その責を免れないことは、学説判例の認めるところである。不完全履行もまた債務不履行の一種である。殊に建物新築の請負工事においては、特段の事情のない限り、使用された資材や工事過程につき自ら知悉している請負人(債務者)において不完全履行についての無過失を主張、立証しなければ、注文主(債権者)において建築工程の進行によつて建物内部に不分明化して行く不完全履行の態容や原因を明確に指摘して、工事請負人の過失を主張、立証することは至難ないし不可能であるから、その主張、立証責任を債務者に転換することが必要であり且つ公正に適う。

2 そこで、二に認定の不完全履行が不可抗力に因るものであるか否かにつき判断するに、本件全立証を仔細に点検するも、不可抗力に因るものと認めるに足る証拠はない。わずかに、〈証拠〉によると、建築当時材木が入手難で、外国材で乾燥不十分な材木を使つて、横架材や柱としたためその自然の収縮に因つて、ひずみ、ねじれ、たわみ、おどり、あばれ現象を呈したことが原因の一つをなしていることをうかがい知ることができるが、本件不完全履行の原因一切を解明し、原告の無過失を立証できたものとはいえず、そのような材木を使わざるを得ず、他に方法がなかつたことについても、右〈証拠〉は、原告の無過失を認めることのできる証拠とはいえず、他に本件不完全履行について原告の無過失を認めることのできる証拠はない。

かえつて、〈証拠〉によれば、基礎工事の不完全及び設計上通し柱の不足から生じた荷重の不均衡に因つて生じた不同沈下が原因として競合していることを疑うに足り、〈証拠〉も、この疑惑を決定的に否定し去ることはできない。

3  よつて、原告は、本件不完全履行の責を免れない。

4  原告は、被告が本工事および追加工事の一切に立会い、設計変更や修補工事に至るまで一切の工事を指図し、原告は右指図に従つて工事を完成し、被告は本件建物を十分に点検して、何らの異議もとどめず引渡を受けた旨主張し、仮に不完全履行であつたとしても、原告にその責任なく、被告は損害賠償請求権を放棄したものであるというが、これに沿う〈証拠〉は、〈証拠〉に対比して、たやすく信用できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。かえつて、〈証拠〉によれば、被告は本件新築建物に入居の前後を通じ終始、不完全部分を完全にし、修補を要する箇所を修補するよう、原告に対し要請し続けていたことを認めることができるので、原告の右主張は失当である。

四そこで、進んで、本件不完全履行に因り被告の蒙つた損害について判断を進める。

1  〈証拠〉を総合すると、次のとおりに認められる。

(一)  本件新築建物は、もはや抜本的に建て直すことはできないのであるから、せめて前認定の不完全工事を修補して、構造上、性状上、用途上できる限り正常性を補正せざるを得ない。そのために必要な修補工事のための所要費は、被告が蒙つた財産上の損害といわればならない。そして、被告が原告に対し文書をもつて修補を要請した(前顕乙第一号証)昭和四五年五月一八日当時において、最少限度に止めたとしても、その工事内容と費用とは次のとおりである(現実に修補する将来の時点においては、資材工賃の高騰により、認定額ではとうてい足りないものと認められるが、この点は暫らく措く。)。

(1) 基礎補強工事 金一四万二、三〇〇円

(2) 二階外壁下見やり換え工事 金七万〇、四〇〇円

(3) 局部手直し工事(内訳、階段及び室壁張り、二階床 不陸直し、アルミ建具直し) 金七万円

(4) 石垣工事 金二万九、〇〇〇円

(5) 未完成フエンス工事 金六、〇〇〇円

総計 金三一万七、七〇〇円

(二)  修補によつても正常性を完全には補正回復できないための本件建物の減額(価値逸失)額。

(1) (一)に挙示した修補を可能な限り完了した場合でも、新築住宅としての正常性を完全には補正回復できない。従つて、その場合、本件建物価額は、不完全履行のなかりし場合に対比して、減額を免れないのであつて、その減価の額は、新築工事の適式見積額を先ず算定した上で、その額の一割と評価することは、合理的な評価として肯認できるところ、

(2) 本件建物が契約書設計図どおり正常に建築された場合の適正な見積評価額を、原告主張のとおり金三八一万一、〇〇〇円とすることは、合理的に肯認できるので、結局、右減価額は金三八万一、〇〇〇円となる。そして、これも亦、本件不完全工事によつて被告の蒙つた財産上の損害ということができる。

(三)  〈証拠〉中、以上(一)及び(二)に認定に反する部分は、(一)及び(二)の認定を覆えずに足らず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

2  慰藉料について

〈証拠〉によれば、二に認定したとおり、本件不完全履行に因り、被告は、期待した新築家屋の快適さを享受することができなかつたのみならず、入居後の日常生活において、日夜、平安にして安定した住居感が与えられず、建物構造全体に継続的、進行的な不安定感が強いことに脅かされて生活し、不体裁な居室に住む不快感情に悩まされ、冬期に室内に外気が侵入し室内が結氷するような粗雑な建物内、外壁に苦しめられ、応接間が感覚的に応接間らしい体裁を欠くため羞恥感に苦しんでいること、しかも修補不能な不完全工事を施工されてしまい、修補可能な限り修補するとしても、前認定のように多額の工事費を必要とする窮地に陥つていること、そして本件建物に居住する限り、以上の苦悩を強いられ、避けることができないこと、そのため深刻な精神的苦痛を蒙つていることが認められ、これを慰藉するには、その余の被告主張事実につき判断するまでもなく、被告請求の金二〇万円は相当である。

3  鑑定料について

(一)  〈証拠〉によれば、被告の入居後、原告の本件不完全履行のため、原、被告間に修補及び完全履行につき話がもつれ、被告は一級建築士高橋弘明に対し、本件建築につき調査を依頼し、さらに原告から請負工事残代金を支払わなければ告訴するといわれ、また本訴を提起されるに及んで、応訴の止むなきに至り、良心的に建築専門的知識経験に基づく裁判資料を蒐集する必要上、右高橋に、建築上の問題点、不同沈下その他の基礎工事、適正見積額等につきあらためて調査及び鑑定書の作成を依頼し、右鑑定料として金九万二、〇〇〇円を負担したことが認められる。

(二)  右認定の経緯事実によれば、右鑑定料の出費は、本件不完全履行を原因として、事物自然の具体的経過として通常生ずべかりし損害ということができ、相当因果関係の範囲内にあるものと認められ、原告は被告に対し、右金額を、不完全履行に因つて生じた損害として賠償の義務がある。

4  弁護士費用について

原告は、契約上の請負代金につき未払残額があることから、その支払を請求して本訴を提起し、本件不完全履行につきその実態を争いつつ、注文主の忍受限界内であるとの判断を求めたのであつて、審理の結果、上述のような判断が与えられるからといつても、その提訴自体をもつて、著るしく不妥当不当な違法提訴とまではいうことができないから、応訴のため被告が負担した弁護士費用並びに進んで反訴を提起したために負担した弁護士費用の負担につき、損害賠償請求をすることは、行き過ぎというべきである。

五本件不完全履行は、一応全工程を了えているのみならず、もはや原告による完全施工は期待不可能で、被告は損害賠償の請求に転じている事態にあることは、弁論の全趣旨によつて明らかであり、仕事の未完成による残代金支払債務の不発生をいうのは相当でない。

被告は、本件請負工事代金残額債務と不完全履行に因る損害賠償債権との相殺を予備的に主張するので、一に認定の残額金五〇万五、〇六〇円と四分の1の(一)及び(二)に認定の損害賠償額(修補必要費及び建物減額分)合計金六九万八、七〇〇円とを対当額において相殺すると、原告の本訴請求債権は皆無となり、被告の反訴請求債権は、ひつきよう、右相殺による残額金一九万三、六四〇円と前認定の慰藉料金二〇万円及び鑑定料相当の損害額金九万二、〇〇〇円の合算額金四八万五、六四〇円において理由あるものとなる。

よつて、原告の本訴請求は、理由がないものとしてこれを棄却し、被告の反訴請求は、右の金四八万五、六四〇円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和四六年一二月一四日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の限度で理由があるものとして認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (立岡安正)

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